ミステリークレイフィッシュの豆知識

1. 名称
日本では、このザリガニは「ミステリー・クレイフィッシュ(Mystery Crayfish)」と呼ばれています。確かに、単為生殖をするミステリアスなザリガニですが、「ミステリー・クレイフィッシュ(Mystery Crayfish)」という名称は日本だけで用いられている造語です。
海外では、「マーブル・クレイフィッシュ(Marble Crayfish)」という通称がどこでも共通に用いられています。ザリガニの色柄が大理石(マーブル)の斑模様に似ているので、このような名称になりました。
またドイツ語で「マーブル・クレイフィッシュ」を意味する「Marmorkrebs」という名称も使用されることがあります。この単為生殖ザリガニがドイツで発見され世界に向け発表されたので、ドイツ語訳名が有名になったからです。
余談ですが、これまで日本では外国産ザリガニに日本独自の横文字名称を勝手に付けてしまう傾向が顕著でした。いい加減な造語をするのではなく、混乱を避けるため、できれば既存の名称を尊重したいものです。何でも漢字にしてししまう中国語圏でさえも、「大理石螯蝦」と呼んでいます。
2. 発見
ミステリー・クレイフィッシュが単為生殖するザリガニであることが知られるようになったのは、そう昔のことではありません。
2003年2月に、フンボルト大学ベルリンのショルツ博士(Dr. Gerhard Scholtz)他が、「ネイチャー(Nature)」誌等の科学雑誌にミステリー・クレイフィッシュについての研究成果を発表しました。
「種類も原産地も不明の十脚類で、大理石(マーブル)斑のザリガニ(Marmorkrebs)が、1990年代半ば以降、ドイツの愛好家の世界に流通しており、このザリガニは単為生殖能力を有しているという噂が存在していた。今般、この大理石(マーブル)斑のザリガニを研究室の環境下で検証したところ、単為生殖であることが確認された。」という内容の発表で、大ニュースとなったわけです。
エビ、カニ、ザリガニ、ロブスター等の十脚類で単為生殖が発見されたのは世界で始めてのことなので、大ニュースになったのも無理はありません。
自然界で発見されたのではなく、ザリガニ愛好家の飼育世界で発見されたというのは、何だか愉快ではないですか?
これも余談ですが、ザリガニ愛好家の世界では1990年代半ば以降知られていたのに、2003年に科学者が見つけて始めて「発見」したとされたのは、アメリカ大陸の存在を原住民は有史以前から知っていたのに、1492年コロンブスが見つけて初めて「発見」したとされたのと何か似ていませんか?

3. 種類
単為生殖するという観点からはミステリー・ザリガニは新種ではありますが、真の新種ではなく既存の種類のザリガニが単為生殖可能なものに変異したものです。
ショルツ博士の発表によると、形態学的分析及び分子的分析により、ミステリー・ザリガニは北米原産のキャンバリダエ科ザリガニと判明したとのことです。そして種類としては、Procambarus fallaxとされています。確かに、Procambarus fallaxも、大理石(マーブル)斑模様があり、そのようにも見えます。
しかし、これには疑問の声も上がっています。
例えば、ブリガム・ヤング大学のクランダール(Keith Crandall)教授は、Procambarus fallaxではなく、Procambarus alleniであると主張しています。ドイツやオーストリアからミステリー・クレイフィッシュの組織を送ってもらい、遺伝子の配列をザリガニ配列データベースと比較したところ、そのような結論に達したとのことです。
でもチョット待って! Procambarus alleniと言えば、フロリダ・ブルーではないですか! 確かに、フロリダ・ブルーの甲羅の模様をよく見ると、ブルーとブラウンの色の違いはありますが、斑模様になっていて、茶色の原種であれば、似ているといえば似ています。
一体、どちらなのでしょう? 頭が混乱してしまいます。
どちらにせよ、単為生殖するザリガニが真っ青なザリガニであったら良かったのになとは思いました。

4. クローンなザリガニ
ミステリー・クレイフィッシュは、全てメスであり、オスは一匹もいません。単為生殖なので、生まれた仔ザリは全てクローンです。従って、どのザリガニを見ても、斑模様の斑の位置や形も全て全く同じです。但し、エサの成分の違いなどが体色の違いとして出てきます。
ミジンコやカタツムリのように、単純かつ小さな生物で単為生殖するものは結構存在するものですが、ザリガニのように大型の十脚類で単為生殖するものは極めて貴重です。全てが遺伝子的に同一のクローンなわけですから実験動物としての価値が高いほか、繁殖が容易なわけですから養殖等経済的な観点からも価値があるかもしれません。
他方、これが自然界に放たれた場合、繁殖が容易である分、生態系への影響が心配されています。このクローン・ザリガニがどんどん増えて、在来生物を駆逐することが恐れられているわけです。まだ、特定外来生物に指定されていないので、放流は違法な行為とはなっていませんが、絶対に自然界に放流しないようにしましょう。
しかし、既に環境省が目を付けているのは明らかですので、特定外来生物への指定はそう遠いことではなさそうです。指定後は放流はもちろんのこと飼育も禁止されますので、飼育を楽しみたい方は、今のうちに楽しんでおいた方が良さそうです。
なお、種類が特定されなければ特定外来生物に指定することは困難なわけですが、環境省が規制を急ぐ余り、Procambarus fallaxとProcambarus alleniのどちらかに特定されていない段階で、両方を特定外来生物に指定し規制の網をかぶせてしまうということを我々は恐れます。その場合、Procambarus alleniであるフロリダ・ブルーまで飼育が出来なくなってしまうからです。