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ヤビー生物学
Notes Series No AS0004
フィオナ・ウィズナル(メルボルン) 著
東京ザリガニ研究所(TCRI) 訳
1999年6月

はじめに
棲息
外観
形態
繁殖

脱皮

その他
参考文献

図1 ヤビー


Diagram: Yabby






Common Name: Yabby
Family: Parastacidea
Scientific Name: Cherax destructor (Illustrated)
Status: Native, Freshwater


はじめに

淡水ザリガニのヤビー(Cherax destructor)は、ビクトリア州で養殖するのに最も理想的なザリガニだと言われている。ビクトリア州では、1995年及び1996年に、ライセンスを取得している120の養殖業者が、10トン及び25トンのヤビーを生産した。ヤビーの価格は、需要、品質、サイズなどにより異なるが、甲殻類としては中位から上位に位置する。
ヤビーの養殖は、通常、「粗放的(エクステンシブ)」養殖といわれる手間をかけない容易な方法で行われる。多くの養殖業者は、家畜用水場として造成された既存の貯水池を利用するので、生産システムは単純で初期コストも低い。ひとたび貯水池にヤビーを確立すれば、以後は自然増殖に任せるので、養殖業者がなすべきことは殆どない。
養殖の初期コストは低く、また、貯水池でのヤビーの確立は比較的単純であるが、繁殖コントロール、収穫と出荷、市場向け高品質の維持などの問題には、留意しなければならない。高品質のヤビーは国内外の市場で高値を呼ぶ。
専用池を用いてヤビー養殖の改善を試みれば、生産量は増大するが、他方、正しい見積に基づいたコスト・ベネフィット分析がなされなければならない。
ヤビー養殖を成功させるためには、ヤビーの形態、生理、生態についての基礎的な知識が不可欠である。
ここで提供されている情報は、「ヤビー生物学」に関する最も基本的な事項であるので、養殖の成功のためには、巻末の参考文献による知識の増進をお勧めする。


棲息

ヤビー(Cherax destructor)は、ビクトリア州やサウスウェールズ州の湿地帯、小川、河川、湖沼などに広くみられる半水棲の淡水ザリガニである。ヤビーは、ザリガニの中で最も広く分布している種であり、クイーンズランド州南部、サウス・オーストラリア州、北部地域にもいる。ヤビーは、酸素レベルが高く、植物の多い場所で良く見られる。
ヤビーは幅広い水温域に適応するため、摂氏1〜35度の水温下で生存できるが、水温が摂氏16度以下に下落すると部分的休眠状態となり、新陳代謝、食餌、成長は停止する。他方、摂氏35度以上になると成長が止まり、死にも到る。最大限の成長が見込める理想的な水温は、摂氏20〜25度である。
ヤビーは、広い範囲の溶存酸素量と塩分に耐えられる。研究によれば、ヤビーは海水中では、高塩分により個体にかかるストレスが増大するが、約48時間生存することができる。成長は、海水の四分の一に当たる8ppmの塩分で停止し、以後塩分が増加するにつれて死亡率が高まる。溶存酸素量も重要である。溶存酸素量が低下すると、食餌量が低下し成長も低下する。
このため、活発な食餌と最大限の成長は、8ppm以下の塩分、十分な溶存酸素量を満たした水の中でのみ実現される。
ヤビーは、中程度に濁った水を好み、底床が泥あるいは砂地の場所に通常棲息するが、水が澄んだ場所でも希に見られる。濁った水により魚や鳥などの天敵から身を守ることができ、ヤビーの生存率が高められる。


外観

ザリガニは3科に分類される。そのうち、アスタシダエ科とキャンバリダエ科は、北半球に棲息するザリガニのみが属する。もう1つのパラスタシダエ科は、南半球に棲息するものだけに限られ、チェラックス属など13属が存在する。オーストラリアには、30種のチェラックス属がおり、マロン(Cherax tenuimanus)、レッドクロウ(Cherax quadricarinatus)、ヤビー(Cherax destructor)は良く知られており、最もポピュラーな養殖種である。他の甲殻類と同じく、ヤビーは脊椎を有さず、「甲殻」といわれる固い外を有す。ヤビーの甲羅は滑々しているので、甲殻にトゲを有するトゲザリガニとの違いは容易に判別できる。甲羅の色は、ヤビーが棲息する場所、季節、水質などによって異なる。また、体色は、同じ場所であっても個体によっても異なる。通常は、深緑、褐色、灰褐色であるが、黒、黄土色、茶、赤、青の体色もある。


形態

ヤビーの形態は図2に示したとおり、身体は、頭胸部と腹部に分けられる。ヤビーのテール肉は養殖業者にとっては重要で、全体重の15〜20%を占める。頭及び他の器官は固い甲羅と先端の尖った額角で守られている。ザリガニの主な感覚器官は、長い大触角と中央に位置する小触角である。目は、頭部で目立つが、ヤビーが棲む薄暗い環境下では、あまり役に立たない。このため、視界の限られている場所では、大触角と小触角が触覚及び味覚用の感覚器官として働き、餌を見つけたり、温度や塩分などの水質の違いを感知する。

Figure 2: Anatomical characteristics of the yabby, C. destructor

Diagram: Anatomical characteristics of the yabby, C. destructor
腹部は、それぞれが固い殻に守られた6つの腹節からなる。各腹節を柔軟な膜が繋いでいるので、ヤビーは比較的自由に動くことができる。腹部の下に2〜5対付属しているものは、腹肢(遊泳脚)である。各腹肢はシタエという繊毛で覆われており、これに卵を付着させるので、メスにとっては重要である。
第6腹節に付属しているものは、腹肢より大きく、尾脚という。これは尾肢と尾節とともに尾扇を形成し、ヤビーが水中を急速に移動するときの推進力を生み出す。メスは、抱卵時に卵を守るためにもこの尾扇を使用する。尾を丸めることにより卵のための空間を創り出す。
ヤビーの性別は、産卵口と交尾器の存在により外見的に判断される。オスの交尾器は、1番後ろの第5胸脚(第5歩脚)の基部にあり、メスの産卵口は、中央の第3胸脚(第3歩脚)の基部にある。(図3参照) ヤビーは6〜10センチメートルになったときに性成熟する。

Figure 3: Location of reproductive organs for crustaceans

Diagram: Location of reproductive organs for crustaceans


繁殖

ヤビーの繁殖は、主に水温と日照時間に関係している。研究によれば、水温が摂氏15度以上になり日照時間が延びる春か初夏に交尾が行われ、産卵は10月〜1月(北半球では4月〜7月)にピークに達する。メスは、1シーズンに二度以上産卵することがよくある。
産卵に際し、オスのヤビーは、メスの第4歩脚と第5歩脚の間に精胞を付着させる。メスは精胞を破き、産卵しながら精子を混ぜて受精させる。受精した卵は腹肢にしっかりと付着される。
受精卵はその色で判別できる。受精卵は約2ミリの楕円形で色は普通オリーブ・グリーンである。メスが抱卵する卵の数は、若いメスで100〜300個、年を経た(大きい)メスで1000個以上となる。
腹部の下に抱卵したメスは、「berry」と呼ばれる。抱卵したメスは、卵をきれいに保ち酸素を供給するための行動を活発に行い、第5歩脚で死卵やごみを取り除く。卵は発達するにつれて、いくつかの段階を経、19〜40日で孵化する。卵が孵化するまでにかかる期間は、主に水温により左右される。摂氏20度の水温では、卵は40日以内に孵化する。摂氏30度までは、水温が上がるに従い、孵化までにかかる期間は縮まる。摂氏30度以上では、成体及び幼体に悪く作用する。
仔は、孵化後数週間はメス親の腹部の下に留まるが、ヤビーの幼体として一人歩きする前に3段階を経る。ひとたび仔が一人歩きを始めると、メスは環境次第でまた産卵ができる態勢に入る。


脱皮

ヤビーは脱皮により成長する。脱皮は、古い甲殻を脱ぎ捨て、新たな甲殻を形成するものである。新しい甲殻は柔らかく、硬化前の甲殻組織に水を含むことにより大きくなり、新しい甲殻として拡大する。ひとたび新しい甲殻が硬化したら、水分を外に排出する。この結果、ヤビーは前より大きく成長することができる。孵化したばかりのヤビーは数日毎に脱皮する。その頻度は、成長するに従い低下し、最終的には年1〜2回となる。
甲殻の硬化は、体内に貯えたカルシウム分を甲殻に戻すとともに、水中のカルシウム分を取り込むことによりなされる。脱皮に先立ち甲殻からカルシウムを吸収して体内に蓄積するが、これは胃の中に胃石と呼ばれるカルシウムの塊を二つ貯えることによりなされる。ヤビーは、脱皮後、カルシウム分を補うため、脱ぎ捨てた殻を食べることもする。こうして新しい甲殻にカルシウムが満たされる。
幼体は、孵化時に約0.02グラムであるが、条件さえ満たされれば、ヤビーは急速に成長し、最初の60日で約0.5〜1.0グラム増加する。何度かの脱皮の後、幼体は12ヶ月以内に50〜100グラムとなり、性成熟するまで急速に成長する。各個体の成長のスピードはかなり異なるが、ヤビーは、2〜3年で成体としての成長を終え、320グラムぐらいにまでなる。市場に出せる最小のサイズは30グラムであるが、約6ヶ月でこの大きさになる。




ヤビーは、雑食性であるが、基本的には菜食であり、腐敗した葉や植物のデトリタスを好む。ヤビーの食餌は、非定時性で、空腹のときに野菜、魚用餌、魚類、肥料、植物、木材、肉類などを食す。
注意すべきことは、ヤビーは共食いをするということであり、特に高密度の飼育、餌の不足といった環境の下でよく起こる。脱皮したばかりのときは、攻撃に対して最も脆弱であり、共食いの対象となりやすい。農業用貯水池で養殖を行う場合、この点に注意する必要がある。
ヤビーは夜行性である。このため、食餌行為は光量によりコントロールされ、日没直前か直後からが最も活動的な時間帯となる。水温も活動レベルに関し重要な役割を演じる。水温が適温範囲を外れると、食餌頻度や新陳代謝率が下落し、結果として成長率も下落する。


その他

ヤビーの「掘りグセ」は養殖業者にとって悩みの種である。ヤビーは50センチから2メートルの穴を掘る能力を有している。穴は水中に繋がっているが、夏などに水が干上がったときには、ヤビーは穴の中で生き残ることができる。この習性により、ヤビーは池の側壁に穴をあけて破壊することがあり、養殖業者にとっては問題となる。
ヤビーの主な天敵は、水鳥と魚である。鵜、サギ、トキなどの鳥類やマレイコッドやキャロップなどの魚類が主な天敵である。鯉は餌の獲得に際してヤビーと競合し、ヤビーを排除しようとする。また、ヤゴや水棲甲虫などの無脊椎動物もヤビー幼体の天敵となる。
ヤビーは、漁師に餌として人気があるほか、オーストラリア内外のレストランでも人気のあるメニューとなりつつある。


参考文献

Geddes, MC, Mills, BJ & Walker, KF (1988) Growth of Australian Freshwater CrayfishCherax destructor under Laboratory Conditions, Australian Journal of Marine and Freshwater Research 39, pp 555-568.

Groves, RE (1985) The Crayfish: Its Nature and Nurture, Fishing News Books.

Jones, C. 1990. Crayfish Biology - Getting down to basics. Australia Fisheries Aquaculture Special: Reclaw, 49(11):pp 3-7

Lawrence, C. 1995. Yabbies, Cherax albidus. Fisheries Department of Western Australia. No. 4.

Smallridge, M. 1990. Biology and Farming of the Yabbie. South Australian Department of Fisheries, Research Branch