驚異のパワー! ザリガニの胃石オクリカンキリ



ザリガニは、生後初めのうちは頻繁に脱皮をし年間5回以上殻を脱ぎ捨てますが、その後は年間23回ぐらい脱皮を繰り返して大きくなっていきます。この脱皮の際、新たな殻を形成するのに重要な役割を果たすのが胃石です。
ザリガニは、脱皮の前に、殻など身体のカルシウム分を血液に溶け込ませて胃に集めます。そして胃の中に石を作ります。この胃石にカルシウム分をため込んでおいて、殻を脱いだ後、この石のカルシウム分を血液に溶かしてまた新たな殻に戻してやって、固くて丈夫な外殻を作るのです。すごいメカニズムですね。
この胃石は、小さくて白い半球形のものが2個合わさって一つの球形を成しています。したがって、ザリガニの胃石は、脱皮時期のザリガニからしか採取できず、しかも、1匹のザリガニから小さな半球形のものがたったの2個しか採取できません。
このザリガニの胃石は、かつてはオクリカンキリと呼ばれ、薬として珍重されていました。江戸時代のことです。漢方では、「蜊蛄石」と呼ばれ、朝鮮ではチョウセンザリガニの胃石が使われていましたし、日本では、ニホンザリガニの胃石が使われていました。
ニホンザリガニの胃石は、北海道、すなわち蝦夷地の特産物として、高値で取引されました。小さな身体のニホンザリガニから採れる胃石は小さく、しかも脱皮時期しか採れません、更に遠く離れた未開の地、蝦夷地の産物であるわけですから、いかに高価な薬であったかが理解できます。

そんなに儲かるならと、東北北部の各藩でも、ニホンザリガニの胃石の産出が行われるようになりました。蛇足になりますが、現在東北北部に生息するニホンザリガニは、このときに北海道から移植されたものの子孫であって、それ以前はニホンザリガニは本州に生息していなかったという説を主張する学者もいます。
元々、オクリカンキリとは、ラテン語Oculi Cancriで「甲殻類の眼」を意味する言葉で、ヨーロッパでは古くから薬として活用されていました。確かにザリガニの胃石は眼のような形をしています。
16世紀、日本に布教に来たキリスト教の宣教師もオクリカンキリの粉末を携行し、胃痙攣などの胃腸疾病のときなどに服用していました。17世紀に書かれた「本朝食鑑」にもオクリカンキリが出てきます。18世紀には8代将軍吉宗がオクリカンクリを2ポンド輸入した記録があるほか、アイヌとの交易によりニホンザリガニの胃石も流入するようになりました。そして、松前藩だけでなく、先に述べたように東北北部の各藩もニホンザリガニの胃石ビジネスに関与するわけです。19世紀には、長崎の医師シーボルトが好んでオクリカンキリを処方したということが知られています。また彼は江戸への旅の途中、下関でニホンザリガニを手に入れ、これを標本にしました。1826年のことです。当時は、すでに地方都市でもオクリカンキリが入手できたようです。なお、その15年後には、ニホンザリガニは、デ・ハーンにより学会に正式に報告され、Cambaroides Japonicusと命名されています。
江戸時代は、オクリカンキリは、眼病、泌尿器系の病気、胃腸障害、腫れ物など色々な病気に効果がある万能薬ということで処方されていたようです。

ここまで聞いて、「単なるカルシウムの塊を、万能薬だと思ってありがたがっていたなんて、やっぱり昔の人は非科学的だね・・・。」などと思っている人がいるかもしれません。しかし、先人の智恵をそんなに侮ってはいけません!
オクリカンキリは、単にカルシウムの塊ではないのです。確かにその多くがカルシウムですが、このカルシウム自体も以下で述べるように優れもので、それに加え、少量ですが驚異のパワーを秘めたタンパク質も含まれているのです。
まずカルシウムの話をしましょう。オクリカンキリのカルシウムはただのカルシウムではありません。普通、生物の体内のカルシウムは、結晶化した状態で存在するのですが、オクリカンキリのカルシウムは非晶質という、結晶化していない珍しい状態で存在しています。これは、ACC(Amorphous Calcium Carbonate)と呼ばれます。ACCは非晶質という非常に不安定な状態で存在しているので、容易に溶解し、生物の体内に取り込まれると骨などに迅速に安定的なカルシウムの結晶として定着します。したがって、オクリカンキリは単なるカルシウムの塊ではなく、カルシウム補填剤としても非常に優秀なものであるわけです。
カルシウムだけではありません。オクリカンキリに含まれる少量のタンパク質について、お話しましょう。このタンパク質が驚異のパワーを持つ、大変な優れものであることが、最近の研究で判ってきました。そのタンパク質は分離・特定され、GAP○○(○○は数字)などと命名されて、すでに特許申請もされ医薬品として使われ始めています。ちなみにGAPは、Gastrolith Protein(胃石タンパク質)の略です。今後医薬品の分野で莫大な利益を生む可能性があります。

そもそも、カルシウムは生物の身体の重要な構成要素でありますし、シグナル伝達においても中心的な役割を演じています。人間の体内において存在するカルシウム結晶の形成に非晶質カルシウムがどのように作用しているのか、その際GAPのようなタンパク質がどのような役割を担っているのか、その人体におけるメカニズムについて、今後更に研究が進むべきものと思われます。
いずれにせよ、オクリカンキリに含まれるタンパク質には驚くべきパワーが秘められており、疼痛、増殖性疾患、神経障害、免疫不全、循環器疾患、肺疾患、栄養障害、繁殖障害、筋骨格障害、歯科疾患に効果があることがわかっています。もっと具体的に言えば、疼痛であれば、術後の疼痛、負傷後の疼痛、癌に伴う疼痛、神経因性の疼痛などに効きます。増殖性疾患に関しては、乳癌や気管支癌などの癌、腫瘍細胞の増殖低下や阻害に効果があります。また、神経障害は、脱髄疾患、痴呆、運動障害などで、多発性硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病などの変性疾患も含まれます。筋骨格障害については、骨障害や骨髄障害、例えば骨折や骨粗鬆症にも効きます。というわけで医療分野で既に活用され始めているわけです。
やっぱりオクリカンクリは、万能薬だったのではないですか!
単なるカルシウムの塊ではなかったのですね。それはそうでしょう。オクリカンキリに含まれるカルシウムの重量は、殻に含まれるカルシウムの重量のわずか3パーセントに過ぎません。脱皮後に新たな殻の形成に必要な残りの97パーセントのカルシウムはザリガニの体外から摂取することになります。
カルシウム分の補填だけがザリガニの胃石の目的であるならば、胃石はもっと大きくあるべきで、脱皮で失われるカルシウム分のもっと高いパーセントを占めるカルシウムを胃石として蓄えるように、進化の過程で、なっているはずです。つまり、胃石の目的は、カルシウム補填だけでなく、むしろ、脱皮時の殻のむけた柔らかい皮膚から侵入しようとするウイルスからの防護や免疫力の強化などにあるのではないでしょうか。

昔、皮剥ぎの刑という恐ろしい処刑法がありましたが、私たち人間だって、皮を剥がされれば、そこから細菌が侵入し、全身に廻って敗血症などの感染症で命を落とします。ザリガニにとって、脱皮時の殻の下にあるブヨブヨ、フニャフニャの状態は、身体から皮を剥がされた因幡の白ウサギ状態です。そのような状態でも生きながらえるために、胃石が、驚異のタンパク質であるGAPと非晶質カルシウムであるACCを供給して、ザリガニの命を救っているのではないでしょうか。
ということで、このサイトを見ている人で、現在医者から見放されてしまっているという方はいないかもしれませんが、将来そうなってしまったときのために、今のうちからオクリカンキリをせっせと集めて取っておくというのは、いかがでしょうか? 

それでは、以下で、オクリカンキリの採取法について述べましょう。



ザリガニの胃石 オクリカンキリの採取法



1.直接ザリガニから胃石を取り出す方法


ザリガニの胃石は、脱皮の1ヶ月ほど前から形成され始め、次第に大きくなって脱皮時に最大となり、脱皮後急速に縮小して70時間ほどで消滅します。すなわち、ザリガニの胃石は脱皮の前後の時期しか存在しないので、ザリガニが脱皮したときを狙って胃石を取り出す必要があります。ついでに身の方も、脱皮直後はソフトシェルザリガニですので丸ごと美味しくいただくことができます。とは言っても、ザリガニの脱皮の兆候を見つけるのは意外と難しく、気づいたら脱皮後時間が経過しており胃石採取のチャンスを逃してしまっているということが多いのが実情ですが・・。なお、写真のように、ザリガニの胃は口のすぐ近くにあるので、口から少しだけ切り開いていくと、胃石を取り出すことができます。コツを掴んでしまえば、比較的簡単です。
    

しかし、やはり日頃愛しんでいるザリガニに手をかけるのは忍びないという人は、ザリガニが死んでしまった後に、胃石を取り出すことをお薦めします。ザリガニが死亡するケースとして、殻を半分脱いだところで死んでいるという脱皮途中の死亡例が結構多いことは皆さんご存じのとおりです。やはりザリガニにとって、脱皮は命がけの危険な大仕事であり、また、最大限の体力を必要とする営みなのです。このような脱皮途中で昇天してしまったザリガニの胃を切り開いてみると必ず胃石が入っています。また、殻を脱ぐ途中ではなく、普通の死に方をしているザリガニであっても、胃を切り開いてみると胃石が入っていたということがよくあり、脱皮の時期が近かったのだなということがわかります。
なお、エビ、カニ、ザリガニのような甲殻類は腐敗が早く、その臭いも強烈ですので、死後なるべく早いうちに胃の切開を行う方がよろしいかと思います。たとえ臭っても、貴重な胃石です。我慢してやってください。その場合、取り出した胃石は水でよく洗いましょう。


2.ザリガニの共喰いを利用する方法


非情なやり方ですが、一番楽なやり方ではあります。
ザリガニ水槽を掃除したときに、「あれっ、これ何?」と白く小さな半円形の石のようなものを見つけることがよくあります。これがザリガニの胃石であるわけですが、大抵の場合、共喰いの残存物であります。一つの水槽で複数飼育していて、共喰いが起こるのは、多くの場合脱皮のときです。どんなに強いザリガニであっても、脱皮の時は本当に脆弱で、こんな時に襲われたら、ひとたまりもありません。
かつてこんなことがありました。美しくか弱いチビ青ザリさんと、暴れん坊で獰猛なデカザリ野郎が同居をしていました。いつもデカザリ野郎にチビ青ザリさんが虐められ、そのDVぶりは片腕を失ってしまうほどで、それはそれは可愛そうなチビ青ザリさんでした。ある日、ふっと水槽を覗いてみると、ザリガニの尾っぽがゴロンと転がっていました。「哀れなチビ青ザリさん。とうとう殺られてしまったか・・。」と思いきや、よくよく見ると、端の方で、チビ青ザリさんがスマした顔で居るではないですか! 「えつ! 喰われたのは暴れん坊のデカザリ野郎?」そうです。寝込みを襲われたのにあらず、脱ぎぎわを襲われたのでした。「ついにやったね! 積年の恨みを晴らしたね!チビ青ザリさん・・・。」とは言ったものの、少し複雑な思いでした。後には、オクリカンキリが2個遺されていました。
我々人間にとっては、エビにしろザリガニにしろ美味しいと思う部位は腹部、いわゆる尾っぽのところですが、ザリガニにとっては胸部が一番美味しいとみえ、そこを真っ先に食べ、尾っぽはあとになります。しかし、さすがに胃石は硬くて歯が立たないようです。
いずれにせよ、ザリガニを過密状態で飼育しておけば、脱皮時に共喰いが発生し、自動的に、共喰いされたザリガニの数×2個の胃石が残されるというわけです。これを定期的に集めれば、労少なくしてオクリカンキリを手に入れることができます。最小の労働コストで最大の産出を得るという、いかにも企業家的なやり方ですが、我々ザリガニ愛好家にはちょっと受け入れ難い方法かもしれませんよね。