世界一長寿なザリガニ
先日、400年以上生き続けてきた二枚貝が発見されたという記事を目にしました。
英バンゴー大学の海洋研究チームが、大西洋アイスランド北部沿岸沖の海底から引き揚げたもので、アイスランドガイ(学名Arctica islandica)というその二枚貝の年齢は、405年から410年と推定され、ギネスブックの動物長寿記録を書き換えたとのことでした。
アイスランドガイは、餌のプランクトンが豊富な夏場に成長し、極寒の冬場はそれが止まるので貝殻に層ができます。従って、木の年輪を測るように、貝殻の層などを調べることにより、年齢が判るのです。
ちなみに、発見されたアイスランドガイの大きさは長さ 8.7センチ、重さ52グラムとのことで、年齢の偉大さの割に、意外と小ぶりだなと思いました。
バンゴー大学研究チームは「この貝が幼体であった頃に、ジェームズ1世がエリザベス1世に代わってイングランド王に即位し、シェイクスピアが『ハムレット』『オセロ』『リア王』『マクベス』などの偉大な戯曲を執筆し、ジョルダーノ・ブルーノが地球でなく太陽が宇宙の中心であると主張したため火炙りになった。」と述べています。
なお、採集時に二枚貝は生きていたそうですが、可愛そうに、「年齢を調べる時に肉をはがしたため、偉大な生涯を終えた」とありました。 研究者の一人は「何もしない静かで安全な暮らしだったから長生きできたのだろう」とコメントしているとのことですが、その静かで安全な暮らしを打ち破ったのはお前たちではないか!と内心思いました。
生物にはそれぞれ固有の寿命というものがあります。哺乳類では、ネズミ4年、ウサギ9年、イヌ15年、ネコ15年、ウマ40年、ゾウ70年。鳥類では、ニワトリ15年、スズメ20年、ハト30年、ワシ40年。爬虫類では、ヘビ20年、ワニ60年。両生類では、アマガエル10年、オオサンショウウオ60年。魚類では、コイ50年、ナマズ60年。昆虫では、働きバチ1年、女王バチ5年、セミ7年。といったところです。
「鶴は千年、亀は万年」という言葉がありますが、これはちょっと誇張しすぎとは言え、ツルやカメが長寿な生き物であることには間違いありません。ガラパゴスのゾウガメは、推定寿命200年と言われていますし、昨年3月にインド・コルカタの動物園で死んだアルダブラゾウガメは飼育期間130年、推定年齢が250歳であったとAP通信が伝えていました。
ツルの方も、70〜80年は生きるようです。
さて、ザリガニの寿命についてですが、皆さんがペットとして飼っているアメリカザリガニについてみれば、3年飼育できたならば長生きしたと言って良いでしょう。5年以上飼育したという話はあまり耳にしたことがありません。自然界におけるアメリカザリガニの寿命は一般的に5〜7年と言われています。短いですね。
ところが、アメリカに175年も生きる世界一長寿なザリガニがいるのです。ケイヴ・クレイフィッシュ(学名Orconectes australis)というザリガニです。このザリガニは、ケイヴという名のとおり真っ暗な洞窟の中に棲息しているため、目は退化していますが、その代わり長い触角を使います。また、光に当たらないため、体色は透明に近い白となっています。体長は、5〜10センチほどあり、アメリカザリガニ並みです。
暗く閉ざされた洞窟には、ヤスデ、クモ、サンショウウオ、魚類、エビなど「真洞窟性動物」と呼ばれる様々な動物たちが生活をし、外界から隔絶された独自の生態系を維持しています。洞窟という完全な闇の中、餌は極めて限定されており、また、洞窟の奥では、空気が淀み酸素も乏しいほか、有毒ガス等も存在するなど過酷な環境にありますが、「真洞窟性動物」は、そこで生まれ、食物を獲得し、子孫を残し、脈々と生存し続けているのです。寿命175年まで生きるケイヴ・クレイフィッシュ(Orconectes australis)というザリガニもそういった「真洞窟性生物」の一員なのです。
そのような環境の中では、体内細胞に必要な酸素は限られ、時には何カ月も餌無しで生き抜かねばならないため、「真洞窟性生物」の多くは代謝のペースが極めて遅くなっています。そして、スローライフなので寿命が長いのです。アメリカの洞窟に棲むケイヴ・クレイフィッシュも、性成熟して産卵するまでに100年かかり、寿命は175歳にまで及ぶのです。1年で性成熟し、寿命が5〜7年でしかないアメリカザリガニに比べ、なんと長寿なザリガニなのでしょう。
米国アラバマ大学では、3年間の研究プロジェクトを組み、アラバマ州内の洞窟10ヶ所において、数百匹のケイヴ・クレイフィッシュを捕獲して計量し、標識をつけて放流し、後に再度捕獲するという調査を始めています。これにより、ケイヴ・クレイフィッシュの個体数、成長、寿命等を解明しようというものです。
今まさに175歳の寿命を全うしようとしているケイヴ・クレイフィッシュが生まれた頃は、日本ではまだ江戸時代。ペリー提督の乗った黒船がやって来て江戸中が大騒ぎになるのよりも20年も前のことでした。文化文政時代を代表する浮世絵師の葛飾北斎が富嶽三十六景を完成させ、更に富嶽百景に取り組もうとしていた頃です。これはまた、後に新撰組局長となった近藤勇でさえも、まだ母親の胎内にいた頃のことです。そんな昔に生まれたザリガニが、今まで生きてきたなんて、本当に驚きです。
いずれにせよ、ケイヴ・クレイフィッシュにしろゾウガメにしろ、スローライフを送っている動物が長生きをするということは、私たち人間に対しても何か示唆するものがあるような気がしませんか?。